HINREVERSE ENTROPY JOURNAL
← Reverse Entropy Journal

幹細胞は生きているのに、なぜ髪は再び生えないのでしょうか?

著者:チェ・ギョンロク 医師・医科学博士 · 2026-11-05

図をタップすると、新しいタブで元のサイズの画像を開けます。

240万を超える細胞のデータが示した、脱毛の新しい姿。

髪が薄くなり始めると、私たちはよくこう考えます。「毛包が老化して、死んでいくのだろう」「髪をつくる幹細胞がなくなったのかもしれない」。

ところが、最近公開された研究では、少し違う姿が見えてきました。

模式的な毛包の上に太い毛と細い毛を描き、毛量の見え方の違いを示した独立制作図。治療効果を示す図ではありません。
毛包が残っていても、髪の太さや見え方が変わることを説明するために独立制作した概念図です。記号の数や大きさは模式的なもので、実測値ではありません。患者さんの写真、研究画像、治療前後の効果比較ではありません。出典:Reverse Entropy制作のオリジナル解説図。

年齢を重ねても、毛包の上皮幹細胞は比較的よく保たれていました。問題は、その細胞が働く周囲の環境でした。

私がいつも話している、幹細胞そのものだけでなく、周りの環境が重要だということです。

一言でいえば、幹細胞は残っているのに、「もう一度、髪をつくろう」という信号が弱まっていたのです。

毛包の幹細胞を中心に、周囲の成長・抑制シグナルを配置した独立制作の模式図。働きやすい環境と再生シグナルが弱まった環境を比較。
幹細胞ニッチを説明するために独立制作した模式図です。左は働きを支える信号のバランス、右は成長シグナルが弱まり、抑制的な影響が強まった状態を表します。どちらも中心の幹細胞は残っています。矢印は考え方を示すもので、実測値、顕微鏡画像、治療効果ではありません。出典:Reverse Entropy制作のオリジナル解説図。

🌱 幹細胞も、一人では働けません

幹細胞というと、一人で何でもつくり出す万能細胞のように考えがちです。実際には、そうではありません。

毛包を、髪の毛をつくる小さな工場だと考えるとわかりやすいでしょう。

工場の建物があるだけでは、製品は自然につくられません。電力も必要で、原料も供給され、稼働するようにという指示も必要です。

幹細胞も同じです。周囲の細胞が送る信号と、適切な環境があってこそ、うまく働きます。

こうした、幹細胞が生きて働く周囲の環境を、幹細胞ニッチ(stem cell niche)と呼びます。

🔬 240万を超える細胞のデータを分析しました

研究チームは、3~77歳の健康な男性22人と、男性型脱毛症の患者6人の頭皮から得られたデータを分析しました。

単に顕微鏡で形を見ただけではありません。一つひとつの細胞がどの遺伝子を使っているのか、どの遺伝子を使う準備ができているのか、頭皮のどこに位置しているのかまで調べました。

三つの分析の細胞データを合わせると、約248万です。そのうち約212万は、組織内の位置情報も併せて解析した空間データでした。

ヒト毛包の免疫蛍光画像。MPC1の緑色染色と、解剖学的な領域を示す赤い点線が見えます。
実際のヒト毛包の免疫蛍光画像。出典:Pye D, Scholey R, Ung S, Dawson M, Shahmalak A, Purba TS. Activation of the integrated stress response in human hair follicles. PLoS ONE. 2024;19(6):e0303742。Figure 1A上部の画像領域を抜粋。今回の頭皮アトラス研究とは別の論文の画像です。 © 2024 Pye et al. 論文DOI。CC BY 4.0に基づく掲載。Figure 1A上部の顕微鏡画像領域を切り出した抜粋であり、顕微鏡画像そのものは改変していません。

年齢とともに、「髪をつくれ」という信号が弱まりました

研究チームが注目したのは、毛包の周りにあるhDSCという細胞です。

名前は覚えなくても構いません。役割がわかれば十分です。

この細胞は毛包の真皮側にある幹細胞集団で、再生シグナルを送る管理者のような役割を担います。

WNT、FGF、IGF、PTNなどのさまざまな信号を通じて、周囲の細胞に指示を送ります。「さあ、また髪をつくろう」。

ところが年齢を重ねると、hDSCが減り、もともとの位置からより散らばる様子が見られました。複数の再生シグナルも弱まっていました。

一方、髪をつくる上皮幹細胞の集団は、比較的よく保たれていました。

工場がなくなったというよりも、工場を動かす管理者の働きが弱くなった姿に近かったのです。

男性型脱毛症では、さらに一歩進んでいました

単純に加齢で髪が薄くなることと、男性型脱毛症(AGA)は、同じ姿ではありませんでした。

通常の老化では、主に「育て」という信号が減る変化が目立ちました。

男性型脱毛症では、それに加えて、「育つな」という抑制的な環境の強まりが見られました。

概念比較。若い頭皮では信号の均衡が保たれ、通常の老化では再生シグナルが低下し、男性型脱毛症では抑制的な環境がさらに強まります。
通常の老化では再生シグナルの減少が目立ち、男性型脱毛症では抑制的な環境の変化が加わりました。通常の老化でも炎症シグナルの増加は見られています。色のブロックは相対的な傾向を示し、実測値や効果の大きさではありません。出典:Wei Xら、bioRxiv、2026年の結果に基づき、Reverse Entropyが作成した比較概念図。

免疫細胞も関わっていました

男性型脱毛症が進んだ頭皮では、TREM2陽性マクロファージという免疫細胞の集団が増えていました。

IL-1、OSMといった炎症関連シグナルも、毛包が再び成長しにくい環境と関連していました。

成長シグナルは減少 ↓
炎症・抑制シグナルは増加 ↑

こうした変化が同時に起きていたのです。

通常の老化でも、炎症シグナルの増加は見られました。ただし男性型脱毛症では、特定の免疫細胞の増加と、抑制的な環境の変化がよりはっきりしていました。

😴 死んでいることと、生きていても働かないことは違います

研究チームは、男性型脱毛症の一部の毛包上皮幹細胞が、深い静止状態に似た状態に入っていると解釈しました。

わかりやすくいえば、非常に深く眠っているような姿です。

幹細胞が完全になくなっていることと、残っているのに十分に働いていないことは、治療の観点からは別の問題です。

では、次の疑問が生まれます。もう一度、起こすことはできないのでしょうか。

🧪 そこで研究チームは、PTNを加えてみました

老化と男性型脱毛症で共通して減少する再生シグナルの中で、研究チームが注目したのは、PTN(プレイオトロフィン)というタンパク質でした。

重要なのは、コンピューターによる分析だけで終わらなかったことです。

実際に人から採取した毛包を実験室で培養し、PTNを加えました。

この実験には、植毛手術を受ける男性型脱毛症の患者さんの、まだ髪のある後頭部から採取した成長期毛包が使われました。

PTNを加えた毛包では、対照群より髪が長く伸びました。また、アンドロゲンで成長を抑えた条件でも、PTNを同時に加えると、成長の抑制が回復しました。

実際のヒト毛包に再生シグナルを補うことで、成長の反応が変わったのです。

ヒト毛包の体外培養実験。PTNは毛髪成長を促し、アンドロゲンは成長を抑制し、両者を加えるとPTNがその抑制を回復させました。
ヒト毛包の体外培養実験で、PTNは毛髪の成長を増やし、アンドロゲンと同時に加えると成長抑制を回復させました。患者さんの後頭部から得た成長期毛包を使った実験で、頭皮への投与を調べた臨床試験ではありません。出典:Wei X et al. Spatiotemporal atlas resolves the mesenchymal–epithelial stem cell axis governing human hair follicle aging and pathology. bioRxiv、2026年。Figure 6eの結果をまとめた独自の説明図。原論文の画像、グラフ、数値は複製していません。

PTNは、新しい脱毛治療薬になるのでしょうか

私は、この部分に期待しています。

もちろん、まだ人の頭皮にPTNを投与して脱毛を治療した臨床試験ではありません。

患者さんの後頭部から取り出した毛包を培養し、限られた実験条件で確認した結果です。長年脱毛が進んだ場所のすべての毛包が、再び育つという意味でもありません。

頭皮へどう届けるのか、適切な用量はどれくらいか、効果はどれほど続くのか、長く使っても安全かは、さらに調べる必要があります。

それでも、「まだ実験室の研究だから意味がない」と片づける必要はないと思います。今回は、実際のヒト毛包で成長反応が確認されました。

次に重要なのは、その効果が患者さんの頭皮でも再現されるかどうかです。

十分な臨床試験を経て、実際に患者さんに使える治療へと発展してほしいと期待しています。

効果と安全性が確認されれば、まだ生きている毛包が再び働けるよう、環境を調整する治療の可能性が広がるかもしれません。

ここで、私が使っているスキンブースターの話を少しします

D-ALLは、皮膚の施術後の回復と再生を支える目的で私が考案した、カクテル注射につけた名前です。

レーザーや高周波の施術は、皮膚に刺激を与え、その後の回復とコラーゲンの再構築を通じて効果につながります。

そのため、私は以前からこう考えていました。刺激を与えることと同じくらい、その後に皮膚がうまく回復できるよう支えることも大切だ、と。

その考えから生まれたのが、D-ALL注射です。

🧬 D-ALLの「D」は、DNAのDです

D-ALLは、サケ由来のDNA成分を中心に構成しています。そこで、DNAのDを取りました。

さらに、安全性を重視して私が選んだ複数の成分を一緒に使う、という意味でALLを加えました。

DNAのDと、複数の成分を組み合わせる意味のALL。「D-ALL」、覚えやすいですよね。

何か別の名前を連想しても、それは偶然です。D-ALLという名前は、商標登録もしています。

主成分のPDRNは、主に傷が治りにくい患者さんに使われてきた成分です。

そのため私は、施術後の回復を支える目的で使っています。

その考え方を、頭皮にも応用してみました

皮膚の回復のためにD-ALLを使ううちに、自然とこう考えるようになりました。「毛包の周りの環境にも役立つのではないか」。

そこで現在、脱毛症の患者さんには、皮膚用のD-ALLを改良した頭皮用のカクテル注射を使っています。

皮膚用との違いの一つは、ボツリヌストキシンを加えていることです。

この分野の治療研究で考えられている、頭皮の炎症を抑え、血流を改善する可能性を意図しています。

複数の患者さんを治療する中で、臨床的に良い反応を繰り返し経験しています。

ただし、これは私が診療で観察した経験です。対照群を設けた臨床試験の結果とは、区別しなければなりません。

いつか、この内容で論文を書いてみたいとも考えています。

私が患者さんで見ている反応は、なぜ起きるのでしょうか。DNA成分などの再生成分はどう影響し、ボツリヌストキシンはどんな役割を果たしているのでしょうか。

頭皮の血流や、炎症・免疫の環境が変わるのか。あるいは別の再生シグナルが動くのか。

まだ正確な答えはわかりません。だからこそ、研究する価値があると思っています。

毛髪密度や太さ、標準化した写真などの客観的な指標を一定期間で比較し、併用している治療の影響も分けて考えることが、次の段階です。

本題に戻りましょう。

🌱 「幹細胞が残っている」という事実は、希望につながります

脱毛が進むたびに毛包の幹細胞が完全になくなるのであれば、失われたものを新しくつくる必要があります。

ところが今回の研究が示したのは、少し違う可能性です。一部の毛包では、幹細胞が残っているのに、うまく働いていないのかもしれません。

それならば、治療の目標も広がります。

すでに持っている幹細胞が再び働けるよう、周囲の環境を回復させること。

PTNは、その可能性を示した興味深い候補です。

この話は、脱毛だけでは終わりません

私はこの研究を、脱毛の研究であると同時に、老化の研究でもあると考えています。

皮膚、筋肉、腸、血液をつくる組織にも幹細胞があります。

年齢とともに再生能力が落ちる理由は、必ずしも「幹細胞がなくなったから」だけではないかもしれません。

幹細胞は残っていても、再生シグナルが減り、炎症シグナルが増え、周囲の細胞との対話が乱れていることも考えられます。

今回の研究は、その可能性を毛包で詳しく示しています。他の臓器でも同じ方法で改善できるかどうかは、別に検証する必要があります。

大切なのは、「新しく入れること」だけではないかもしれません

再生医療では、「幹細胞を入れれば若返るのではないか」と考えることがよくあります。

でも、その前に、こんな問いも立てられます。すでに体に残っている幹細胞を、もう一度働かせることはできないのでしょうか。

そのためには、幹細胞だけを見るのではなく、周囲の細胞、免疫環境、再生シグナルを併せて考える必要があります。

PTNが実際の治療薬になるかどうかは、まだわかりません。ただ、十分な研究を経て効果と安全性が確認されれば、私のD-ALL注射の成分に加えることも検討できるでしょう。

失われたものを新しくつくるだけでなく、まだ生きているものが、再び働けるようにすること。

これが、脱毛治療と未来の再生医療における重要な方向になると、私は考えています。

📚 参考論文

  1. Wei X, Xu Y, Du J, et al. Spatiotemporal atlas resolves the mesenchymal–epithelial stem cell axis governing human hair follicle aging and pathology. bioRxiv。2026年9月23日公開。査読前のプレプリント。原著
  2. Squadrito F, et al. The effect of PDRN, an adenosine receptor A2A agonist, on the healing of chronic diabetic foot ulcers: results of a clinical trial. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2014;99(5):E746–E753. 原著
  3. Intradermal Injection in Balding Region Versus Intramuscular Injection in Surrounding Muscles: A Split-Scalp, Randomized Trial on BoNT for Androgenetic Alopecia. Dermatology and Therapy. 2024;14:1671–1682. 原著
  4. Lima-Galindo AA, et al. Subcutaneous Versus Combined Subcutaneous and Intramuscular Botulinum Toxin for Androgenetic Alopecia: A Randomized Clinical Trial. Actas Dermo-Sifiliográficas. 2025;116(9):959–966. 原著

韓国語原文の公開日:2026-10-08。韓国語の原文を読む ↗